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昔可愛かった芸能人や女優、アイドルを現在と比較!10人をランキング順でまとめ!

広い芸能界、たくさんの可愛い芸能人がいますよね~。テレビをつけても雑誌を広げても、目の保養になる女性がずらりと並んでいます。

芸能人の可愛さを比較するランキングは多くありますが、今回は「昔可愛かった芸能人ランキング」を作ってみました!もしかすると、あなたのお気に入りの女優やアイドルランクインしているかも☆

目次

昔可愛かった芸能人、女優、アイドルランキング!

さて、昔可愛かった芸能人。あなたはまず誰を思い浮かべますか?

このランキングでは、女優とアイドルを10位まで集めました。それでは早速、まず10位から見ていきましょう♪

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昔は可愛かった芸能人ランキング
第10位.風吹ジュン

第10位は風吹ジュンさん!現在60代後半ですが、全く年齢を感じさせないですよね~。

今でも美しい風吹ジュンさんですが、昔はさらに可愛かったんです!ここで、風吹ジュンさんのプロフィールを確認しておきましょう☆

風吹ジュンのプロフィール

風吹ジュンさんは1952年5月12日生まれの現在67歳、富山県出身の女優です。

小学校5年生の時に両親が離婚。母親に引き取られるもの育児放棄をされ、お兄さんと京都に引っ越しそこで極貧生活を送っていたという苦労続きの過去をもつ風吹ジュンさん。中学生なのに、内職やアルバイトに明け暮れていたそうです。

18歳で上京、銀座の高級クラブで働き始め、1971年にスカウトされたのが芸能界デビューのきっかけでした。風吹ジュンというのは芸名なんですよ。風に吹かれたように出てきたから風吹、ジュンは語呂の良さから選ばれた名前なんだそう。ちなみに、本名は川添麗子さんというんだそう。上品な名前ですね!

さて、風吹ジュンさんは1974年に初代ユニチカマスコットガールに選出され、さらに歌手デビュー、1975年にはドラマ「寺内貫太郎一家2」で女優デビューをしています。

1977年には「白熱(デッドヒート)」で映画初出演を果たし、1991年上映の映画「無能の人」では日本アカデミー賞優秀助演女優賞・ブルーリボン賞助演女優賞を受賞しています。

また、風吹ジュンさんは女優業以外にも、ジブリ映画の「コクリコ坂から」や「ゲド戦記」で声優としても活躍しているんですよ♪

プライベートでは、1981年に音楽プロデューサーの川添象郎さんと結婚し、息子さんと娘さんをもうけるものの、1992年に離婚しています。なんと、川添象郎さんには愛人がいて、妊娠させてしまったんだとか…。

風吹ジュンの昔と現在の画像比較

さて、ここで風吹ジュンさんの今と昔の画像を比較してみましょう♪

今でも全然面影ありますね~!可愛い☆

昔は可愛かった芸能人ランキング
第9位.松田聖子

第9位は松田聖子さん!今でも、アイドル時代の松田聖子さんは根強い人気がありますよね☆

それでは、松田聖子さんのプロフィールをチェックしていきましょう!

松田聖子のプロフィール

松田聖子さんは1962年3月10日生まれの現在57歳、福岡県出身の女優・歌手です。

松田聖子さんの本名は蒲池法子(かまちのりこ)さんというのですが、ご実家がなかなかすごいんです。なんと、ご先祖には戦国~安土桃山時代の武将で柳川城城主であった蒲池鑑盛(かまちあきもり)がいるんだそう!

中学生時代にはスチュワーデス保母が将来の夢だっという松田聖子さんでしたが、大ファンであった郷ひろみさんのコンサートに足を運ぶようになると歌手を夢見るようになります。

そして、高校生になって間もなく歌手のオーディションを受けるものの結果は振るいませんでしたが、高校2年生の時に両親に内緒で応募した「ミス・セブンティーンコンテスト」の九州地区を勝ち残りました!

父親の反対にあい全国大会には参加できなかったものの、CBSソニー制作部の若松宗雄さんに見初められ、紆余曲折の末に1980年に「はだしの季節」で歌手デビューを果たします。2ndシングル「青い珊瑚礁」でブレイクを果たした松田聖子さんはそれからヒット曲を飛ばし、なんと24曲連続1位という驚異の記録を打ち出しました♪

80年代アイドルを代表する松田聖子さんは当時のティーンエイジャーに多大な影響を与えました。「聖子ちゃんカット」をしていた方も、読者の中にもいるかもしれませんね☆

今でも精力的に音楽活動を続けている松田聖子さんは、日本武道館公演を100回以上もこなし、2019年までに「紅白歌合戦」には23回出演しています!

松田聖子の昔と現在の画像比較

さて、ここで松田聖子さんの今と昔の画像を比較してみましょう♪

今でも美しいですが、アイドル時代はウサギみたいな可愛いさですね♪

昔は可愛かった芸能人ランキング
第8位.鈴木京香

8位は鈴木京香さんです!今でも成熟した大人の魅力にあふれる鈴木京香さん。若いころってどんな感じだったんでしょうかね?

まずは、鈴木京香さんのプロフィールを確認してきましょう♪

鈴木京香のプロフィール

鈴木京香さんは1968年5月31日生まれの現在51歳、宮城県出身の女優です。

東北学院大学在学中からモデル活動をしていた鈴木京香さんは、1988年「カネボウ水着キャンペーンガール」に選ばれたことがきっかけで芸能界入りしました。

1989年、映画「愛と平成の色男」で女優デビューしたのち、1991年放送の連続テレビ小説「君の名は」でヒロイン役を演じたことがきっかけで、お茶の間にその名前が知れ渡るようになります☆

演技力に定評がある鈴木京香さんは、1997年に映画「ラヂオの時間」で第21回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、2004年には「血と骨」で第28回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得しているんです!

ちなみに、鈴木京香さんは三谷幸喜さんの作品の常連出演者で、1995年放送の「王様のレストラン」をはじめいろいろな役柄を演じているんですよ。

鈴木京香さんといえば、2010年にドラマ「セカンドバージン」で共演した俳優の長谷川博己さんと交際しているといわれていますが、破局疑惑が流れたり結婚間近と報道されたりしています。長谷川博己さんは9歳年下ですが、ステキなカップルなので、個人的にはゴールインを願っています!

鈴木京香の昔と現在の画像比較

さて、ここで鈴木京香さんの今と昔の画像を比較してみましょう♪

今は大人の色気が漂う女性ですが、デビュー当時は初々しい乙女ですね♪

昔は可愛かった芸能人ランキング
第7位.沢口靖子

第7位は沢口靖子さん!凛としていて、知的な雰囲気の美しい女性ですよね。そんな沢口靖子さんの若かりし頃はいったいどんな感じだったんでしょうか?

まずは、沢口靖子さんのプロフィールから見ていきましょう☆

沢口靖子のプロフィール

沢口靖子さんは1965年6月11日生まれの現在54歳、大阪府出身の女優です。

1984年、第1回東宝シンデレラでグランプリを受賞したことがきっかけで芸能界デビューした沢口靖子さん。なんとこのオーデションには3万1653人の応募があったんだそう!

この年に、映画「刑事物語3潮騒の詩」で女優デビュー、さらにこの作品の挿入歌を担当して歌手デビューもしているんですよ。さらに、同年映画「ゴジラ」で第9回日本アカデミー賞新人俳優賞も受賞するなど、大活躍をしました♪

そんな沢口靖子さんの知名度を上げたのが、1985年放送のNHK連続テレビ小説「澪づくし」でしょう!ヒロインを演じた沢口靖子さんの美しさや関西のノリの良さがお茶の間に大好評でした。その後も、沢口靖子さんはドラマ・映画・CMなどで幅広く活躍します。

ところで、沢口靖子さんといえば、「科捜研の女」をまず思い浮かべる人も少なくはないんじゃないでしょうか?かくいう私はその1人なんですが…。

この「科捜研の女」は1999年にスタートしたドラマで、放送開始当初はあまり視聴率が振るわなかったそうなのですが、今や安定した人気を誇る長寿番組となっています!2019年4月からは第19シリーズが放送されているんですよ☆

沢口靖子の昔と現在の画像比較

さて、ここで沢口靖子さんの今と昔の画像を比較してみましょう♪

今でも美しいですが、若いころはまさに「絶世の美女」という感じです!

昔は可愛かった芸能人ランキング
第6位.八千草薫

第6位は八千草薫さんです!2019年10月にお亡くなりになってしまいましたが、お年を召しても素敵なおばあさんで、あんな風に素敵な年の取り方をしたいと思ったものです…。

そんな八千草薫さんのプロフィールを振り返ってみましょう♪

八千草薫のプロフィール

八千草薫さんは1931年1月6日生まれ、大阪府出身の女優で、2019年10月24日に88歳で亡くなっています。

小さいころに父親を亡くし、母親の手で育てられた八千草薫さん。戦時中に思春期だった八千草薫さんは、空襲で自宅を失ってしまったことから、夢のある華やかな世界にあこがれるようになります。

そんな八千草薫さんは聖泉高等女学院(現プール学院中学校・高等学校)に在学中に宝塚音楽学校に合格し、1947年に宝塚歌劇団に入ります。当初コミカルな役をこなしていた八千草薫さんですが、次第に清純派の娘役として人気を博するようになります。

1957年に宝塚歌劇団を退団し、その後はテレビドラマで活躍するようになりました。八千草薫さんといえば、上品な良妻賢母の役柄が多かったのですが、その中でも1977年放送のドラマ「岸辺のアルバム」では家族の影で不倫をする主婦を演じ、世間に衝撃を与えています。

私生活では、1957年に映画監督の谷口千吉さんと結婚をしています。おしどり夫婦として有名だったこのご夫婦は、谷口千吉さんが亡くなる2007年まで仲睦まじい生活を送っていました。

2017年、八千草薫さんの膵臓にがんが見つかり、翌年に手術を受けましたが、2019年に今度は肝臓がんが発覚。休業して治療に専念するものの、最終的に膵臓がんで2019年10月に亡くなってしまいました…。

八千草薫の昔と現在の画像比較

さて、ここで八千草薫さんの近年と昔の画像を比較してみましょう♪

やっぱり若いころ美人な方は、年を召してもきれいですね…。

昔は可愛かった芸能人ランキング
第5位.デヴィ夫人

第5位はデヴィ夫人元インドネシア大統領夫人で有名なデヴィ夫人。一国のトップを射止めただけあって、若いころのデヴィ夫人は「東洋の真珠」といわれるほどの容姿だったんです☆

まずはデヴィ夫人のプロフィールを見ていきましょう♪

デヴィ夫人のプロフィール

デヴィ夫人は1940年2月6日生まれの現在79歳、東京都出身のタレントです。

デヴィ夫人はその名前や風貌から外国人かハーフと思われている方もいるかもしれませんが、純日本人で本名を「根本七保子(ねもとなおこ)」さんっていうんですよ☆

裕福とはいえない家庭で育ったデヴィ夫人は、中学校を卒業した後は東京都立三田高等学校の定時制部に進学しますが、それと同時に千代田生命保険(現・ジブラルタ生命保険)に入社、さらに昼休みや休日には喫茶店でアルバイトをするなどして家計を支えました。

1956年に父親が亡くなり高校を中退してしまったデヴィ夫人は、赤坂の高級クラブで働きはじめました。そして1959年、19歳のころに「東日貿易の秘書」としてインドネシアのスカルノ大統領の元に送り込まれす。そこで数年スカルノ大統領の愛人生活を送ったのち、1962年に正式に結婚して第3夫人となりました。

1965年、軍事クーデターが起きスカルノ大統領は軟禁され、デヴィ夫人はフランスに亡命します。1980年、インドネシアに再び戻り石油関連事業を興し、1991年にはニューヨークに移住。その後日本に戻ってきて、2000年以降はタレント活動を行っています。

デヴィ夫人の昔と現在の画像比較

さて、ここでデヴィ夫人の今と昔の画像を比較してみましょう♪

確かにこの美しさは「東洋の真珠」ですね!!

昔は可愛かった芸能人ランキング
第4位.加賀まりこ

第4位は加賀まりこさん!「和製ブリジット・バルドー」と評された若いころの加賀まりこさんのコケティッシュな魅力は、今の世代の間でも人気ですよね。♪

まずは、加賀まりこさんのプロフィールを確認していきましょう!

加賀まりこのプロフィール

加賀まりこさんは1943年12月11日生まれの現在76歳、東京都出身の女優です。

父親は映画会社のプロデューサーの芸能一家に生まれた加賀まりこさんは、明星学園高等学校に在学中の1960年、通学途中に篠田正浩さんと寺山修司さんにスカウトされました。

その後ドラマ「東京タワーは知っている」で芸能界デビューをし、1962年には「涙を、獅子のたて髪に」で映画デビューを果たしました。1964年、映画「月曜日のユカ」でコケティッシュな魅力と高い演技力が評価された加賀まりこさんは、その後も次々とドラマや映画に出演し、一躍人気女優となりました♪

しかし、自由奔放な性格で週刊誌に好き勝手に書かれたり、多忙な仕事に疲れた加賀まりこさんは、20歳のころに仕事をキャンセルしてパリに向かい、半年後に帰国。

その後オーディションを受けた劇団四季の舞台「オンディーヌ」で演技の楽しさを知り、それ以降女優業に力を入れていきます。

プライベートでは、加賀まりこさんは60歳のころから6歳年下のドラマ演出家と事実婚をしています。惚れたのは加賀まりこさんが先だったようで、55歳のころから5年間アプローチをかけていたんだとか!そんな加賀まりこさんは選択的夫婦別性に賛同しているそうです。

事実婚、夫婦別性賛同など、加賀まりこさんらしいですよね☆

加賀まりこの昔と現在の画像比較

さて、ここで加賀まりこさんの今と昔の画像を比較してみましょう♪

いわゆる「ロリータフェイス」ですが、小悪魔的魅力もあって…。今の子もあこがれるのもわかります☆

昔は可愛かった芸能人ランキング
第3位.吉永小百合

第3位は吉永小百合さん!そのファンは「サユリスト」と呼ばれ、60年代を代表する女優の吉永小百合さんは、今でも上品な女優として活躍していますよね。

そんな吉永小百合さんのプロフィールから見ていきましょう♪

吉永小百合のプロフィール

吉永小百合さんは1945年3月13日生まれの現在74歳、東京都出身の女優です。

実は子役デビューの吉永小百合さん。1957年、小学校6年生のころにラジオドラマ「赤胴鈴之助」に出演、そして1959年に「朝を呼ぶ口笛」で映画デビューをしています。

1962年、映画「キューポラのある街」でヒロインを演じ、さらに「寒い朝」でレコードデビュー、20万枚の大ヒットを記録しました!また、このころから日活の清純派女優として活動しています。

芸能生活が忙しかったため精華学園女子高等学校は中退していた吉永小百合さんですが、1965年には早稲田大学第二文学部西洋史学専修に入学。芸能活動と2足のわらじで1969年、次席で大学を卒業します。

そんな吉永小百合さんは、60年代にはブロマイドが爆発的に売れ、同世代の女優であった松原智恵子さん・和泉雅子さんと合わせて「日活三人娘」として人気を得ていました☆

現在の吉永小百合さんはテレビ出演ではCMがメインで、映画作品に重きを置いて活動しています。

ちなみに、プライベートでは、1973年に当時フジテレビディレクターだった岡田太郎さんと結婚しているんですよ♪

吉永小百合の昔と現在の画像比較

さて、ここで吉永小百合さんの今と昔の画像を比較してみましょう♪

今でも美しく凛とした女優ですが…若いころはアイドルみたいですね!!

昔は可愛かった芸能人ランキング
第2位.石田ゆり子

第2位は石田ゆり子さん!今でも若々しく素敵な石田ゆり子さんは、多くの女性から支持を集めています。そんな石田ゆり子さん、若いころってどんな感じだったんでしょうか?

まずは、石田ゆり子さんのプロフィールから見ていきましょう☆

石田ゆり子のプロフィール

石田ゆり子さんは1969年10月3日生まれの現在50歳、東京都出身の女優です。

高校1年生のころに自由が丘でスカウトされてモデルとなった石田ゆり子さん。1987年、全日空の沖縄キャンペーンガールに選出されてメディアに登場するようになります!

翌年の1988年、ドラマ「海の群星」で女優デビューを果たし、1993年放送のドラマ「彼女の嫌いな彼女」で初主演を演じます。

以降ドラマ・映画で活躍する石田ゆり子さんですが、1997年には映画「もののけ姫」でヒロインの声を担当しているんですよ☆

石田ゆり子さんは芸能プロダクション・ボックスコーポレーションに所属していましたが、1999年に妹である石田ひかりさんと個人事務所・風鈴舎を設立、社長と女優業をこなしています。

2005年には映画「北の零年」で第29回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞し、2017年にはドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で第91回ザテレビジョンドラマアカデミー賞助演女優賞を受賞しています。このドラマで若い世代のファンも増えたそうですよ☆

石田ゆり子の昔と現在の画像比較

さて、ここで石田ゆり子さんの今と昔の画像を比較してみましょう♪

デビュー当時から時が止まったように、相変わらずおきれいですね~♪

昔は可愛かった芸能人ランキング
第1位.天海祐希

栄えある第1位は…天海祐希さん!元宝塚男役トップスターでりりしい美しさを持つ女優ですよね☆今でも美人ですが、若いころはさらにその美しさに磨きがかかっていた?!

気になる画像をチェックする前に、まずは天海祐希さんのプロフィールからご覧ください♪

天海祐希のプロフィール

天海祐希さんは1967年8月8日生まれの現在52歳、東京都出身の女優です。

中学生のころ演劇部に所属していた天海祐希さんは、宝塚ファンだった担任の先生の勧めもあり宝塚歌劇団への入団を志すようになります。

1985年、宝塚音楽学校に首席で入学した天海祐希さんは、1897年に宝塚歌劇団に入団。1993年に月組のトップスターとなり、その2年後の1995年に28歳で退団します。

171㎝の長身と宝塚時代のイメージが根強く残っていたため、退団当初は女優として活動しづらい時代もありましたが、刑事や弁護士などの役をこなし、女優としての地位を確立していきます

そんな天海祐希さんの代表的なドラマといえば、2004年放送の「離婚弁護士」や2005年の「女王の教室」ではないでしょうか?!両作とも、主人公のタイプは違えどクールな天海祐希さんの魅力が存分に引き出されていた作品ですよね☆

天海祐希の昔と現在の画像比較

さて、ここで天海祐希さんの今と昔の画像を比較してみましょう♪

宝塚時代の天海祐希さん、「かわいかった」 というよりも、性別を超えた美しさです!

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昔可愛かった芸能人、女優、アイドルを現在と比較【まとめ】

今回ご紹介した10人の「昔可愛かった芸能人」、いかがでしたか?今でも十分美しい方々ばかりですよね☆

私も彼女たちのようにステキに年を取りたいものです!!