滝沢カレンさんといえば、美しいルックスから繰り出されるカタコトのような変な日本語がめちゃくちゃ面白くてバラエティー番組で引っ張りだこですよね。
ウクライナ人の父と日本人母を持つハーフである滝沢カレンさん。
その日本人であるお母さんもなにやら凄い人で、テレビのバラエティー番組で親子出演もしていました。
滝沢カレンさんのお母さんとはどんな人なんでしょうか?
今回は、滝沢カレンさんを育てたお母さんと、どんな環境によって滝沢カレンさんが面白い日本語を話すようになったのか、その原因についてをまとめてみました。
目次
滝沢カレンさんの母とは?
滝沢カレンさんの母親は宮澤さゆりさんという元バレリーナの方です。
職業は、表参道にあるバレエスタジオ・リビーナの経営とロシア語の通訳です。
このバレエスタジオですが、元々は宮澤さゆりさんのお父さんの建築事務所だったところをバレエスタジオに改装したそうです。表参道に建築事務所を構えていたなんて、滝沢カレンさんのお祖父さんもなにやら凄そうですね。
そんな宮澤さゆりさんは埼玉県出身で小さい頃からバレエを習いたかったそうなのですが、親に反対されたため自分でお小遣いをためて親に内緒でバレエ教室に通っていたんだそうです。
埼玉県志木高等学校を卒業し、宮澤さゆりさんはバレエ大国であるロシアの言葉を勉強するためにロシアに語学留学もしたそうです。
そして帰国後に日ソ学院(現:東京ロシア語学院)に通いロシア語を習得しました。
そしてバレエ教室を経営するまでに至り、同時にロシア語の通訳の仕事もしていたそうです。
凄い努力家で行動力のある方ですね!
その後、宮澤さゆりさんはウクライナ人の男性と結婚をして滝沢カレンさんを身ごもるのですが、出産前に旦那さんと離婚しています。
離婚の原因は旦那さんの浮気だったようで、離婚後に旦那さんはウクライナに帰りました。
なので滝沢カレンさんはお父さんに会った事が無く、今後も会う気が無いのだとか。
お父さんとの別れは「会った事も無い超ハッピーな生き別れ」だとおっしゃっていました。
そして苦労して育ててくれたお母さんである宮澤さゆりさんへは感謝の気持ちでいっぱいなんだそうです。
滝沢カレンが面白い日本語を話すようになった原因は?
滝沢カレンさんはハーフだから海外で生まれ育ったため日本語が苦手なのかな?と思いきや、滝沢カレンさんは日本生まれ日本育ちです。
ご両親は滝沢カレンさんが生まれる前に離婚してしまったので、育ててくれたのは日本人であるお母さんの宮澤さゆりさんです。
なので、本来なら普通の日本語を喋れるようになるはずですが、、、
その原因は、宮澤さゆりさんの仕事環境にありました。
宮澤さゆりさんは、滝沢カレンさんを出産後もロシア語の通訳の仕事をしていました。
そのため、家にはカタコトの日本語を喋るロシア人がしょっちゅう出入りしていたそうです。
幼少期の滝沢カレンさんは、そのカタコトの日本語を喋るロシア人たちと会話することによりカタコトのような日本語を覚えてしまったそうです。
なるほど!!カタコトとはちょっと違う独特の言葉使いはそんな環境から生まれたんですね。
最近では独特のワードセンスを持つ滝沢カレンさんの言葉を新しい日本語だと賞賛する人も多く、糸井重里さんは滝沢カレンさんの料理本の帯で
「この人は、日本語をこわしているのではない。新しい日本語をデザインしているのだ。」
と評していました。
言葉は常に進化していきますからね。滝沢カレンさんが使う言葉が数年後には標準語になっている可能性もゼロではありません。
そんな滝沢カレンさんの特技は『即興で面白い四字熟語のあだ名をつけられる』だそうで、バラエティー番組で度々披露していました。
芸能人を対象に即興でつけたあだ名の中から特に面白いものをチョイスしてみました。
- 黒柳徹子さん→早口国宝
- 福田充徳(チュートリアル)→全部普通
- 吉村崇(平成ノブシコブシ)→唇湿気男
- 堺雅人→恵比寿顔
- 遠藤憲一→存在強烈
正確には四字熟語じゃありませんが、爆笑です!しかも本当に即興で考えているので、頭の回転がとても早いですよね。
実際にやってみると、漢字四文字でこんなに面白い言葉はなかなか出てこないですよ。
滝沢カレンの母は病気だった?
そんな面白い日本語を話す滝沢カレンさんを女手一つで育てた宮澤さゆりさんは、2017年に末期のガンが見つかりました。
病院が大嫌いだったという宮澤さゆりさんの体にガンが見つかった時にはすでに末期で、余命一年と宣告されたそうです。
そして2018年7月に56歳の若さで亡くなってしまいました。
亡くなる直前まで親子2人で暮らしていたそうで、滝沢カレンさは本当にショックだったようです。
ちょうどその頃、週に2〜3回は更新されていた滝沢カレンさんのインスタグラムは3週間更新されませんでした。
自身の明るく元気なキャラクターを壊さないよう、お母さんが亡くなった事を公表しないと決めたそうですが、悲しみに耐えるので精一杯だったんでしょう。
3週間ぶりに更新されたインスタグラムに写っていたのは、滝沢カレンさんの大親友である横澤夏子さんでした。
きっと横澤夏子さんは、悲しみに暮れる滝沢カレンさんの事をずっとそばで支えてあげていたんじゃないかと思います。
そして立ち直った証と感謝の気持ちを込めて、横澤夏子さんとのツーショット写真をアップしたんじゃないでしょうか。
だとしたらお二人はとっても素敵な関係ですよね!
そして大切なお母さんが亡くなった事を公表せずに元気に仕事を続けていた滝沢カレンさは本当にプロ意識が高くて強い方だと思いました。
宮澤さゆりさんが亡くなったことが公になったのは、その一年後の2019年の8月でした。
滝沢カレンさんのプロフィール
- 名前:滝沢カレン
- 本名:宮澤カレン
- 生年月日:1992年5月13日
- 出身地:東京都
- 血液型:AB型
- 身長:170cm
- 体重:52kg
- 所属事務所:スターダストプロモーション
ファッションが大好きだった滝沢カレンさんは渋谷でスカウトされ芸能界入りしました。
2008年にファッション誌『SevenTeen』で専属モデルデビュー。
その後映画やドラマ、バラエティー番組と活動の場を広げています。
映画が大好きな滝沢カレンさんは『ターミネーター2』を観てからアーノルド・シュワルツェネッガーの大ファンだそうです。
2019年には実際に会うこともできたそうで、その喜びをインスタグラムに綴っていました。
本当にアーノルド・シュワルツェネッガーが大好きなんですね。そして独特の文章がまた面白いです。
滝沢カレンさんは自身のインスタグラムに映画のレビューや得意の料理の写真などを度々投稿していますが、どの投稿も文章がとても面白いので毎回読んでいて飽きません。
滝沢カレンさんのインスタグラムはこちらです→takizawakarenofficial
まとめ:滝沢カレンの母は経営者?娘が面白い日本語を話すようになった原因は?
滝沢カレンさのお母さんは
- バレエ教室の経営者でありロシア語の通訳の仕事もしていた
- 2018年7月にガンで亡くなってしまった
滝沢カレンさんが面白い日本語を話すようになった原因は
- 小さい頃にカタコトの日本語を話すロシア人とよく話していた
という事でした。
残念ながらお母さんの宮澤さゆりさんはすでにお亡くなりになられているという事でした。
そんなお母さんの死を乗り越えた滝沢カレンさんを、これからも応援していきたいと思います。
面白い日本語で全国にハッピーを届けて欲しいですね!
それではこの辺で、最後まで読んでいただきありがとうございました。